2026年7月20日、アントラーズからお別れの発表がありました。
とうとうこの日が来たか・・・
という感じで、寂しいし、残念だし、もっと観たかったとは思うけど、これほどの選手が離脱するのに応援する気持ちの方が強いのは、久しぶりの感情です。
優磨がベルギーへ移籍する時以来かもしれないな・・・。
荒木と言う青年を初めのうちはちょっと誤解していて、その後、彼の真っすぐな男気を知ったからこそ、荒木の旅立ちに際し、心の底から応援する「親」のような気持ちになっているのだと思う。
遅ればせながら、アントラーズから巣立つ一人の息子へ「心からのエール」を送りたいと思います。
- 画面越しにも衝撃だった高校生荒木のデビュー
- 10代での二桁得点
- 思い描いたジャンプの年にはならず・・・
- 今にして思えば転機になったのはモトフェスかな
- まさかの武者修行だったけど
- 移籍の際の言葉が全て
- まとめ
画面越しにも衝撃だった高校生荒木のデビュー
東福岡高校から凄い選手が入ったとは聞いていたが、正直、プロで洗礼を浴びて、そこからどれだけ成長できるかだ!
なんて、偉そうに考えていた私は大間違いでした。
コロナというワードが世間を騒がさせ始めていた2020年2月23日、リーグ開幕戦(アウェイ)VS広島が彼のデビュー戦でした。
DAZNでの観戦でしたが、観戦後の当時のブログにはこんな記述をしていました。
間違いなく、逸材だと思います。
鈴木や大迫とはタイプが違いますが、鹿島を背負う選手の一人になるはず!今年は、彼を観るためだけにスタジアムに足を運んでも良いくらい、成長が楽しみな選手です。
ジーコと共に~2020年J1開幕戦(アウェイ)鹿島VS サンフレッチェ広島戦で完敗!鹿島は最下位からのスタート!!~ - lands_end’s blog
後半、土居に代わって投入された荒木のプレーに、あっという間に魅了されたことを今も鮮明に覚えています。
10代での二桁得点
衝撃の1年目のホップに続き、2年目も完璧なステップだったと思います。
柳沢や興梠が背負った番号【13】へ変更したが、気負うことなくプレーを続け、気づけば・・・城以来の10代選手によるリーグ戦での二桁得点を達成した!
そしてシーズン終了後には新人王まで獲得しています。
アントラーズサポとしては本当に目出度いことではありますが、おそらく、私を含めてほぼ全てのサポが覚悟したはずです。
ホップ、ステップ、まさにジャンプ(海外へ)だな・・・と。
思い描いたジャンプの年にはならず・・・
色んな事情があったのでしょうが海外への移籍は叶わず、3年目はアントラーズで【10】番を背負ってプレーすることになったのでした。
サポーターは歓喜で迎えたのですが、これが、誰もが想像しえなかった苦しい日々の始まりとなりました。
初めは、思うように移籍に至らずメンタルが安定していないのか?と叱咤の気持ちが強かったのですが、実はフィジカル面での問題(腰痛)が大きかったようで、5月末には手術で数か月の離脱がチームから発表された。
しかし、発表された療養期間が過ぎても状態は良くならず、プレー出来るようになったのはシーズン終盤でしたが、あの輝いていた荒木は何処へ行ったのだと、プレーを見るこちらも苦しい気持ちになったものでした。
今にして思えば転機になったのはモトフェスかな
2023年シーズンも苦しいシーズンでした。
怪我の影響もあって思うようなプレーが出来ない中で迎えた秋、アントラーズの偉大なレジェンドの一人の「引退イベント」が開催されました。
荒木が付けている【10】番を背負い、アントラーズに多くのタイトルを獲得させた本山雅志の「モトフェス」!
このイベントに現役選手として招集された荒木、プレー自体はそれほど目を引くものがあった訳ではありませんが、フェスの最中に多くのレジェンドの方々や幾人かの10番を背負った先輩方と過ごしたこと、さらには本山が恩師(東福岡の監督)から花束を受ける際に、わざわざ「荒木がいますから」と名前をだしてくれたこと・・・
18:40頃からのシーンで音量を大にすると本山が「あらきが・・・」と言ってるのが確かに聞こえます。
きっとこれら全ての出来事が、彼の消え入りそうだった火を再点火させたのではないでしょうか?
まさかの武者修行だったけど
輝きを見せてから2年、怪我の影響もあり思うような活躍の出来ない荒木。
それでも、モトフェスで「恩師」にもあのように紹介されては「移籍」もままならないよなぁ・・・と思っていただけに、シーズンオフに舞い込んだチームからの発表には驚きを禁じえませんでした。
よりにもよってイブの日に発表しなくてもなぁ・・・
多くの女性サポが倒れるじゃん・・・
と思ったこの発表ですが、個人的には、環境を変えるのは一つの方法だと思っていたので彼にとっては良いことだと思いました。
ただ、場合によってはもう戻ってこないかも知れないとも思いました。
シーズンが始まるや否や、荒木大爆発!
開幕戦での2ゴールを含め、6節までフルスタメンで6得点!
その後、謎の欠場があるもすぐに復帰し、夏にはパリ五輪の代表に選出されて国際大会にも出場を果たし、帰国してからもコンスタントに出場を続け、37節にはキャプテンまで任されていました。
終わってみればJ1リーグ29試合出場(1,945分)7得点4アシストであり、こりゃもう間違いなくFC東京は完全移籍のオファーをだすだろうし、荒木も受けるだろうなぁ覚悟したものでした。
鹿島に帰ってきた太郎
これまた本当にびっくりしたのを覚えています。
背番号71を選択し、荒木は鹿島に帰ってきました。
正直、このパターンはほぼ無いと思っていたし、間違いなくFC東京も好条件を提示したと思っていただろうに・・・。
でも同時に、荒木の覚悟とアントラーズへの思いを感じ、2025年は荒木を強く後押ししないいけないな~と気持ちを新たにしたことを覚えています。
しかし、荒木の試練は続きました。
開幕こそスタメンで起用されるものの、敗戦するや鬼木監督はプランを変え、その煽りで荒木は出番を失います。
ようやく出番を掴んでも夏以降はまたも謎の欠場パターン。
なぜだ???
おそらく多くのサポーターが感じたこの自問自答を、どれだけ荒木は重ねながら日々のトレーニングを重ねたのだろう。
苦しい日々だったに違いない。
でも、サッカーの神様は本当にいるんです。
苦労を重ねた末のシーズン終盤、最高の日々が荒木と同期の松村を抱擁します。
彼らが居なければ、2025年シーズンの優勝は無かったでしょう。
37節ヴェルディ戦、そして最終のマリノス戦。
積み上げてきた努力と経験が実を結んだ瞬間だったと思います。
松村との涙にもらい泣き
優勝を決めた際とセレモニーでの松村とのハグと涙に、オッサン耐えきれずにもらい泣きをしましたよ。
ありゃあ、たまらんよ、マジで。
息子達の歓喜の涙にやられない親はいないって・・・。
移籍の際の言葉が全て
サッカーの才能があり、そんでイケメンで、2年目には新人王にまでなって。
天狗にならないと良いなぁ・・・
なんて心配していた自分が愚かでした。
感情を表に出さないしゃべりだから、なんか煮え切らないなぁ、起用法に不満があるのかなぁ、結果が出なくてイライラしてるのかなぁ・・・
なんてアレコレ考えた自分は余計なお世話でした。
・・・リーグ優勝をしてから海外に挑戦したい、自分のなかではそういう気持ちが強く、今回の決断をしました。
アントラーズにタイトルをもたらして海外へ出る覚悟は・・・
自身がプロを目指すきっかけとなった憧れの存在が柴崎選手だ~
と彼はインタビューに答えたことがありますが、その憧れの柴崎と同じく、リーグ優勝を手土産に海外へ挑戦するのは、偶然ではないのでしょうね。
サッカーに対しては熱い想いを抱き、頑固なまでに己の信じる道を貫く強さは、まさに憧れの柴崎の若き頃そのまんまですものね。
これまでの荒木遼太郎の言動を思い返すと、長い歴史の中で何度も見てきた良く知ってるアントラーズの選手そのものでした。
(個人的には昭和の男だなぁ・・・と笑)
まとめ
移籍するシントトロイデンでは、思いきりやりたいサッカーをやって、とことん昇りつめて行ってほしいです。
2030年のW杯において、上田や佐野と共に、荒木がメンバーの中核となって戦っていることを信じて応援します。
頑張れ荒木遼太郎選手!
これからもONE FAMILY!!
またカシマで戦いましょう!!!

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