この記事は、2015年春に見つかった未破裂脳動脈瘤を、
2016年春に『開頭クリッピング手術』を受けて治療した闘病記録です。
今回の記事は、『開頭クリッピング手術』までいよいよ1ヶ月となり、
仕事やプライベートなど様々な事に一旦区切りを付けていく中で、
長年付き合ってきた友人を飲みに誘い、お願いしたことをまとめてました。
そもそも友人にはどのタイミングで話したのか?
親しい友人3人に、未破裂脳動脈瘤が見つかってかなり早い段階(2ヶ月程度)で話しました。
- 未破裂脳動脈瘤があること
- それはどんな病気なのか(くも膜下出血を例にして)
- 緊急性はないけど、どうするか考える時間が自分には必要なこと
- 飲み会には行くけど、多分飲まないので上手いことフォローを頼む
最初はこのような事を話したと思います。
特に、集まりなどには参加するけど、
時々真顔で下を向いていたり、
酒を飲まない事があると思うので、上手いことをフォローして欲しかった。
色々と人に聞かれて説明するのも大変だし、
話をされる方も一旦聞き始めたら邪険に出来ないから暗くなるだろうし、
そう思って、質問に発展しないようにとお願いしました。
実際に彼らのフォローは、今にして思えば『おいっ!』と言いたくなるレベルでしたが、当時はとても助かりました。
元気が無いのを『痔』の所為にされたこともありました。
『リストラ』で悩んでいる所為にもされました、
『嫁さんの家出』で落ち込んでる時もありました。
彼らなりに、たぶん、色々と考えてくれたのだと思います。
その他の友人には術前1ヶ月まで全く知らせず
『何故に話してくれなかったの?』
と聞かれたら、
『どう話していいのか判らなかったから。』
と答えていました。
本当に判らなかった。
自分自身ですら、病気のことをしっかりと受け止めて前向きになれたのは手術1ヶ月前なのですから、それを人にどう話せと?
本音をそのまま言ったら友人には愛想をつかされそうですが・・・、
『人のことを気にしている余裕はない!』
『早目に相談したら何か出来たとでも?』
と言うのが正直な気持ちでした。
それでも、今にして思うと、私のとった態度は正解だったと思います。
- まずは自分自身で病と向き合うことに専念し、
- 本当に信頼できる数人にだけ話しをしておき、
- 手術が決まったところで3人以外の友人全員にメールをしました。
こういう時、メールって便利ですね。本当に。
手術1ヶ月前に改めて親友にお願いしたこと
お願いしたことは唯一つです。
亡くなった時、嫁さんを助けてやって下さい。
金を出せと言う意味ではありません!
葬式の準備・取り仕切り・手仕舞い、それをお願いしました。
それを話したとき、3人は一瞬『ぎょっ』とした顔をしました。
でも、すぐに彼らはこう言ってくれました。
『判ってるよ。だから2度とその話しはするな。』
『数ヵ月後になるのか知らんが、また酒を俺達と飲む。それだけを考えて手術に臨んで来い!』
多分、大人になって、友人の前で声を出して泣いたのは初めてだったと思います。
とにかく、泣けて泣けて、傍から見たら異様な光景だったかも知れませんけど・・・。
退院してしばらくしてから聞いたのですが、彼ら3人は随分早い段階で私の願いについて話し合っていたそうです。
- 病気の事を3人にしか話していないと言うこと
- 嫁さんのことも知っている
- 長い付き合いで私の性格も何となく知っている
上記から推測し、多分あいつは葬式を託すんだろう・・・。
と推測していたそうでした。
嬉しいような、でもそんなあっさりと考えを読まれるのは複雑な・・・。
まとめ
友人への病気の報告は、たぶん人によって異なると思うので、同じ状況の人の役にはあまり立たない記事になってしまったかもしれません。
ただ、『小心者かつ気にしすぎる』自分の性格を考えると、
たとえ多くの友人を失う結果になってでも、
自分自身のことに専念したのは成功だったように思います。
自分自身も理解できない病気のことを、垂れ流しのように話されるほうがシンドイ人も居ると思いますので。
次回は、『未破裂脳動脈瘤と闘う ~術前に両親へ伝えたこと~』です。