lands_end’s blog

未破裂脳動脈瘤との闘いをコーギーに癒され暮らしています。鹿島アントラーズの応援と読書に人生の全てを掛けている40代の徒然日記です。

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『風の歌を聴け』を読んだ!



「風の歌を聴け」(講談社文庫:村上春樹)を読んだ。

高校生の時、初めて村上春樹を読んだ。ちょーエロイぞっ!と友達に薦められて読んだ。もう20年も前になる。あの時は、気持ち悪くなって、吐いた気がする。16の僕にはとても理解し難い世界だった気がする。
大学時代、村上龍の本は結構読んだ。でも、春樹の方は手を伸ばさなかった。だって、トラウマだったもん、完全に。。。
僕の就職活動の頃は、面接を受けた日はじーっと家で待機して、電話を待っていた。待てど待てど電話は鳴らず、それでも家に待機していなくてはならず、テレビも見飽きて、ゲームやるのも飽きて、最後には家の本棚にあった本を片っ端から読む事にした。読む本も漫画尽きて、最後に残ったのがあの「ノルウェイの森」だった。
正直、本当に気は進まなかったけれど、完全に時間を持て余していた私は、恐る恐る本を開いて読み始めた。
それが、村上春樹の本を片っ端から読む切っ掛けだった。

あれから15年以上たつ。この本を読むのは、これでたぶん3回目だ。この歳になったからまた感じる事も増えたのかもしれない。と、読んだ後にそう思った。

舞台の1970年、、、私の生まれる「ちょっと前」。。。だから、リアルタイムに70年代を生きたとは言えないのですが、雰囲気はぎりぎり肌で感じられる。
日本が、ギアチェンジをした頃だ。たぶん、60年を舞台にはこのような本は書けないだろうし、80年でも無理だと思う。その根拠を述べよ!と言われても、私如きにゃ無理なんだけど、、、世の中の仕組みというか、匂いと言うのか、、、それが違うんだと思う。。。多分。

まあ、とにかく、本の紹介だ!
1970年、大学生だった主人公の僕は、付き合っていた彼女を自殺で失う。満たされない気持ち、割り切れない気持ち、大人になりきれない自分、それらを抱え込みながら、僕は郷里に戻る。寂れつつある港のある郊外で、昔からの友人である「鼠」と飲む。(村上作品では本当に良くビールを飲む。水みたいな勢いで飲む。真似すると絶対に吐くので、気を付けた方が良いですよ。。。)。
馴染みのマスターのバーで酒を飲んでいると、ぐでんぐでんに酔っ払った女の子を見つけ、仕方なく家まで送り届け、そのまま(何もせずに)一緒に寝た。この事で女の子から非難されるが、主人公の僕はある意味開き直っている。(ていうか、半ば犯罪だろう、捕まるぞ今だったら)。そんな出会いの彼女と、その後も何度か出会い、話し、飲み、寝る。
鼠とも、飲み、話し、誕生日を祝い、そして、別れる。
何て言う事はない、大学生の日々のホンの一瞬が描かれているだけなんだ。ただ、飲んで遊んで、訳分からない事ばかりやっている大学生の苦悩。苦悩が分からず、モヤモヤを飼いならせず、生きるのに苦労する二十歳前後の時期を、とてもリアルに書いている。まあ、主人公の僕に限って言えば、多少普通の人よりも、過激で、ショッキングで、不思議な体験はしているとは思うけどね。普通の大学生はこんなに波乱万丈ではないよね。でも、今から思えば些細な事なんだけど、当時の僕等には必死だったんだ。それを、村上春樹は代弁してくれてる気がする。

 

 


だからこの本は、当時付き合っていた彼女のちょっとした言葉や仕草、もう連絡の途絶えた大学時代の友人達を思い起こさせるんだ。
薄い、153ページしかない、短編小説だけど、分厚い下らないハウツー本を読むより、私を私として動かすのに役に立ってくれる。

村上春樹の本は、色々な読み方が出来ると思う。確かに謎めいた箇所が多々あるし、複線も多々あるし、意味不明な部分も多々ある、だから、色んな人が色んな解説をして楽しんでいる。別にそういう本が悪いとは思わないし、意味ねぇなぁとは思わない。小説なんて、好きに読んで好きに感じて好きに楽しめばいいのだから。
ただ、もしもそういう類の解説本を読むのであれば、先に本物の方を一気に読むべきだと思う。三部作+一作品(風と1973年と羊、それからダンス)までは先に一気に読むべきだ。出来れば時を置いて、もう一回は読んだ方がいい。自分なりの楽しい解釈(ま、時には楽しくないけど)を得てから読むと、解説本もそれはそれで楽しい。

 

 

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