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未破裂脳動脈瘤との闘いをコーギーに癒され暮らしています。鹿島アントラーズの応援と読書に人生の全てを掛けている40代の徒然日記です。

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『国盗り物語 織田信長編』を読んだ!



国盗り物語 織田信長編(著:司馬遼太郎)を読んだ!

「斉藤道三編」では、素浪人から美濃一国の国主に成り上がるまでの、道三の半生が描かれていました。
内容には脚色があり、全てが史実では無いようでしたが、面白い内容でした。

『国盗り物語 斉藤道三編』を読んだ! - lands_end’s blog

 

斉藤道三編では、国主になった道三が、ふと己の反省を振り返った時に、それほど時間が残されていないことを感じたところで終了となりました。

己の夢を自分自身で実現できないのであれば、誰かに託すしかない・・・。
そこで、「まむし」と呼ばれた男が選んだ後継者とは・・・。

『国盗り物語 織田信長編』を読み終えたので、感想をまとめます。

 

『国盗り物語 織田信長編』のあらすじ

尾張の東、駿河・遠江を支配する今川は強大なため、尾張の北に位置する美濃を攻略することで、己と織田家の飛躍を求めて度々侵攻を繰り返した織田信秀でしたが、「まむし」こと、斉藤道三率いる美濃勢に、再三再四に渡り侵入を阻まれます。

そこで、美濃攻略を断念した織田信秀は、美濃と和睦する道を選びます。
それは、世継ぎ・信長に、道三の娘を貰い受ける。という案でした。

両者の力関係、しかも信長が「うつけ殿」と世間で噂される馬鹿息子であることを考えると、道三がこの案をすんなり受け入れるとは思えませんでしたが、道三はこの縁組をあっさりと受け入れるのでした。

なぜなら、婚儀を前にした面談の際に、直接、信長に面会して人となりを見たこと、その上で、信長の奇行ぶりに、常識には囚われない「何か」を感じたからでした。

父・信秀が急逝し、織田家の家督を継いだ後も、信長の「うつけ」ぶりは変わりませんでした。家中の人間でさえ、織田家の行く末を案じる人が多い中、道三は変わらぬ愛情を信長に注ぎ続けるのでした。
その様は、義理の父という関係を超えた、人生の師匠として、己が果たせなかった夢の実現を託すかのようでした。

やがて道三は、実の息子(実際には血の繋がらない義理の息子)と骨肉の争いを演じることになります。

信長は、自分の奇行に対し偏見無く愛情を注いでくれた義父を助けるため、兵を出そうとしますが、道三はそれを制し、逆に、美濃一国を信長に譲り渡すと言う遺書を書き残し、長良川の戦いで散ります。

素浪人から天下制覇を目指し、あの手この手で走り続けてきた男・斉藤道三は、夢半ばで倒れるのでした。

この道三ですが、最後の戦いに向う前に、己の思いをもう1人の若者にも託し、美濃から脱出させていました。

甥の明智光秀でした。
彼の聡明さを高く評価していた道三は、若い頃から彼を手元において英才教育を施していたのです。

美濃を脱出した光秀は、諸国を流浪します。

己の才能に少なからぬ自負を抱いていた光秀は、諸国の武将や領主に勧誘されても安く売るようなことはしないのでした。
伝統を誇る越前・朝倉家でもその態度は変えず、孤高を保つっていたのですが、反面、その態度は彼の可能性をせばめてしまい、金銭的には苦しい日々を送らざるを得ない状況に追い込むのでした。

流浪の果てに、光秀は己の人生を掛ける相手(目的)を見つけます。

足利将軍家縁の人物でありながら、僧籍に身を置いていた男(後の15代将軍・義昭)に知己を得ます。
そして、没落している室町幕府の再興に己の人生を掛けることにしたのです。

何の後ろ盾もない義昭のため、光秀は縁のある朝倉家を頼ります。しかし、長年に渡り越前の地で栄華を誇ってきた朝倉家は、義昭を擁して京へ登り、天下に覇を唱える気概は残されていませんでした。

その頃、尾張の「うつけ殿」が天下をアッと言わせる事件を起します。
桶狭間の戦いです。

この戦いで、天下に最も近い男の1人と思われていた東海の雄・今川義元を討ち取った信長は、その後、美濃へ矛先を向け、かつて父が成しえなかった美濃攻略を果たして一躍戦国大名の仲間入りを果たすのでした。

しかし、尾張の「うつけ殿」というイメージを脱しきれない光秀は、信長の才を認めるどころか強烈な嫉妬を覚え、負ける訳にはいかないと奮起します。
しかし、義昭自身が信長を頼ると決めたため、やむなく、信長の傘下に加わることになるのでした。

光秀の才能を見抜いた信長は、光秀を高く評価し抜擢していきます。
そして、天下取りに役立てるため、義昭を篭絡して京へ登り、第15代将軍に就けてやるのでした。

2つの才能は、少しずつ少しずつ、融合するどころか乖離していきます。
信長の目指す天下静謐への道筋と、光秀の描く天下静謐への道筋は、決して相容れないものだったのです。

信長は徹底した合理主義の下で己の支配を推し進め、過去の伝統や実績を重視して人を重用する事はありませんでした。
また、過去の伝統や文化、習慣を意に介さず、目的の為に最適な手段を軍事面や政治面だけでなく、経済面でも取り入れるのでした。
それは、楽市楽座を美濃で推し進めた道三の考えを反映したものでもありました。
信長は、天下静謐のためには、室町幕府の権威や各種の既得権益をぶち壊し、新たな秩序を作ることをが必要だと考えていたのです。

一方の光秀は、没落したとはいえ、足利家を筆頭にした幕府体制を再興させることで、乱世に秩序を再構築し、天下静謐をもたらすべきだと考えていました。

光秀は、信長の側で信長のやる事を目の当たりにすればするほど、そして、信長の考えを知れば知るほど、何故に道三が信長を愛し、己の後継者と指名したのか?を思い知らされるようになります。
そして、信長は幕府の権威(義昭を将軍に就けたこと)は、己がのし上がる為に利用したのであり、己の考える天下の仕置きに不要となれば、いつでも切って捨てるであろうことを予感するのでした。

さらに、この信長の狙いは、信長によって将軍の座に就けて貰った義昭も感じ取っていました。

義昭としては、唯々諾々と信長の言うとおりにするつもりはなく、将軍の座に就くだけでなく、実権も手にしたいと考えていました。
そのためには、信長を排除するしかなく、全国の大名達に信長討伐の御教書を発し、信長包囲網を構築して対抗するようになるのでした。

そしてついに、信長にとって、最大のそして最強の敵が上洛を開始します。
義昭の御教書を受け、上洛の軍を起した武田信玄でした。
しかし、信長の同盟国である三河の家康を蹴散らし、いよいよ尾張に侵入と思われた矢先、信玄は病に倒れます。

最大の敵を、幸運にも病で退けた信長は、機を逃すさず実力行使に出ます。

1573年 信長が足利義昭を京より追放。事実上の室町幕府の滅亡。

追放された義昭ですが、将軍という肩書きを頼りに全国の大名や権力者に信長追討の辞令を出し、信長を追いつめます。

朝倉との戦い、浅井の裏切り、朝倉と浅井の滅亡、武田の滅亡、そして10年に渡って戦い続けた本願寺一向宗の降伏。

包囲網を悉く打ち破り、信長は安土に巨大な城を築き、天下仕置きへの最終段階に突入します。

関東と中国地方へ、子飼いの武将を派遣し、攻略を進めていきます。
攻略が一段落すると、信長自身は京に滞在し、長年苦労を共にしてきた大切な同盟者である家康を接待することにしました。

その饗応役に選ばれたのが、伝統や文化を知悉し、信長の配下の中では抜群の教養を誇る光秀でした。

主君の命を受けて受け、全力で饗応役を務める光秀でしたが、些細なことで主君の燗に触れてしまい、衆人の前で罵倒され、役目を解かれてしまいます。
そして、中国方面の毛利攻略へ向うように指示されるのでした。しかも、所領を没収され、新たに与えられたのはこれから攻略する毛利の地でした。

長年に渡って信長を見てきた光秀は、信長の人使いに不信と不安を感じていました。
使うだけ使い、使い潰したら捨てさる。

ついに己がその捨てられる番になったと感じた光秀は、極度のストレスを感じます。

そして・・・
1982年、「敵は本能寺にあり」。

軍団を率いた光秀は、僅かな手勢のみで京の本能寺に滞在していた信長を包囲します。
光秀の謀反を知った信長は、冷静にその事実を認め、燃え盛る炎の中で自刃して果てるのでした。

信長を倒し、天下に号令を掛ける地位を目前にした光秀は、身内や配下の武将達に己の下に参集するように呼びかけます。

しかし、織田家の諸将はこぞって光秀討伐を訴え、各地の豪族や大名達はこぞってかれらの元に駆けつけるのでした。

近しい武将にも見限られた光秀は、子飼いの軍団だけを率いて山崎に陣を張り、中国地方から戻った羽柴秀吉の軍団と激突します。
しかし、兵力に劣る光秀軍は壊乱し、光秀は戦場を抜け出すのでした。
再起を図り逃亡した光秀でしたが、逃亡中に落ち武者狩りに遭い、討ち取られます。

斉藤道三が愛した二人の男は、他を寄せ付けない才能に溢れていました。
しかし、その考えは決定的なまでに異なり、互いの想いが交わることは無く、最後はライバルとなり、二人共に志半ばで散ることになるのでした。

 

『国盗り物語 織田信長編』のおススメ度はいくつ?

おススメ度は65点です!

前半の斉藤道三編は80点の高得点でした。
しかし、この本は大幅に減点となりました。
面白くなかった訳ではないのですが・・・斉藤道三編を読んだ後では、どうしても点が辛くなってしまいました。

国盗り物語〈第3巻〉織田信長〈前編〉 (新潮文庫)

国盗り物語〈第3巻〉織田信長〈前編〉 (新潮文庫)

 
国盗り物語〈第4巻〉織田信長〈後編〉 (新潮文庫)

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●kindle版はこちらから

国盗り物語(三)(新潮文庫)

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国盗り物語(四)(新潮文庫)

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『国盗り物語 織田信長編』をおススメする人は?

  • 歴史が好きな人
  • 歴史の中でも戦国時代が好きな人
  • 前半の「斉藤道三編」を読んだ人
  • 信長、光秀、秀吉のことをそれほど良く知らない人
  • 実は、光秀がかなり好きな人

当たり前ですが、前半の道三編を読んだ人は読むべきです。
ただし、道三編のようなワクワク感は少ないかも知れません。

 

『国盗り物語 斉藤道三編』をおススメしない人は?

  • 歴史に興味が沸かない人
  • 長編小説が苦手な人
  • 光秀が嫌いな人
  • 前半の「道三編」を読んでいない人

特に、「信長命」な人は読まない方が良いかも知れません。

正直、タイトルの織田信長編は間違いではないか?
と思うくらい、光秀が中心のお話です。

 

『国盗り物語 織田信長編』の感想

前半の「斉藤道三編」がとても面白かっただけに、後半の織田信長編はどのような内容になるのかなぁ~と期待しながら読み始めました。
しかし、期待しすぎたのか、イマイチ、心に残る本とはなりませんでした。

その理由を3つ挙げておきます。

 

何故に「織田信長編」としたの?なぜ「明智光秀編」にしなかった?

この本を、イマイチだと感じている理由は、タイトルの付け間違いではないかと感じているからです。

織田信長編のはずなのに、明智光秀の方が、キャラが立っています。
もちろん、信長もきちんと描かれていますが、光秀の濃い書かれ方には及びません。

なぜ、光秀編にしなかったのだろう?
または、「国盗り物語」というタイトルを重視するのであれば、「光秀編」「信長編」「秀吉編」「家康編」と4つに分けるべきだったのではないだろうか?

作者の興味が薄れてしまったのかな?
駆け足で、光秀と信長の事跡を読むくらいなら、道三編だけで終わらせてくれれば、良書で終わった気がするのです。

残念です。

 

読み手をワクワクさせない、嫉妬狂いの内容

少し乱暴な書き方かも知れませんが、この本にサブタイトルを付けるとしたら、以下のようなタイトルが当てはまると思います。

『嫉妬狂いの光秀』

  • 幼き頃に淡い想いを抱いた濃姫の夫
  • 父から受け継いだ領地と家臣団を有する御曹司
  • 天に愛され苦難を吹き飛ばす麒麟児
  • 己の才能を超える才気を発揮する男への嫉妬

こんな内容の本を読んでいても、あまり面白くないです。

前半の道三の立志伝は、「次はどんな事をして成り上がるのだろう?」とワクワクしながら先を読むのが楽しくて仕方ありませんでした。

でも、男の嫉妬がメインになっているような話は・・・
楽しいとは思えませんでした。

 

歴史の詳細を知っているが故のつまらなさかも?

道三の事跡に比べれば、信長・光秀・秀吉の事跡は良く知っています。

この先にどんな事が起きて、どんな問題が起きて、彼らの心がどう動いて、そして最後にはどうなるのか?
ということを、概ね知ってしまっているだけに、読んでいて面白くないと感じたのかも知れません。

信長・光秀の関係を駆け足で語られている感じだったのです。
なので、この「信長編」は、それほど歴史に詳しくない方が、または信長や秀吉シンパではない方が、楽しめるのかも知れません。

疑い無く言えることは、「光秀命」な人は読んでいて楽しいだろうと言うことです。

 

前半と後半で、こんなにも評価が分かれてしまう本は珍しいなぁ・・・と、読み終えてから感じています。

 

前半の斉藤道三編はこちらから
私は、前半の道三編の方が好きでした。

www.road-to-landsend.net

 

 

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