lands_end’s blog

未破裂脳動脈瘤との闘いをコーギーに癒され暮らしています。鹿島アントラーズの応援と読書に人生の全てを掛けている40代の徒然日記です。

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『走れメロス』を読んだ!



走れメロス(著:太宰治/新潮文庫)を読んだ!

なぜに今更と言われても困るのだが、、、。
実はここ数年、昔々に小学校等の授業で読んだ小説を再読してみたいと思っていたのです。
なぜなら、走れメロスにしろ、坊ちゃんにしろ、こころにしても、筆者たちが小学生だけを対象にして(イメージして)書いたのではないのではないか?
と思ったからです。
何で、そう思ったのかは覚えてませんが。。。

 

だから、ちゃんと読んでみよう!と。
別に、純文学への傾倒とかでははいのですが・・・。
でも、せっかく日本人なんだし、ちゃんと読んでみようと思った次第なんです。
(ん?・・・俺は誰に言い訳してるんだろう。。。)

(粗筋&感想)
9つの短編からなる。

■ダス・ゲマイネ 
粗筋を書くのは無理に近いな、私の脳味噌では。。。
佐野次郎という男が、酒屋の娘に恋心を抱く恋愛物と思いきや、色々得体の知れる男共(友達とは言い難い)が出てきたりと、やりたい放題、書きたい放題、の話し、、、でした。

■満願
これもまた粗筋どころではない。
なんでも、この短編は芸術的に寸分の狂いもない見事な作品とか言われているそうですが、いったい、、、どう読んだらそうなるのか???
だって、、、
-------薬を取りにくる肺を病んでる教師の妻が
「もう少しの辛抱ですよ」と言われ耐え続け、
3年後に「お許し」が出ると、、、
嬉しさのあまり、パラソルがくるくるっ-----------
これって、余りに暇でボーッとしている若い男が、人の奥さんの様子や噂を聞いて、スケベな妄想を楽しんでいるだけなのでは???
まあ、他愛もない日常の一コマを、サラッと書いてあるのが凄いと言えば凄いのかなぁ。

■富岳百景(S14・2~3) 
これは読みやすかった。ようするに、人に言わせれば太宰らしさが薄いそうだ。
心中自殺に失敗し、薬物中毒からも立ち直り、今一度、再起をかけて富士を仰ぎ見る峠の茶屋に滞在して執筆している主人公(たぶん太宰?)の話しだった、、、はず。また、友人Iから見合いも勧められ結婚する。(Iとは井伏鱒二のこと)。身の回りに起きている事や、書いている言葉には、他の作品からは匂う「暗さや怠惰や死」を感じさせない、「健康」を感じさせる作品だった。

■女性徒
ただ、一言。
すげえなぁ。よくもまあ、これほど女心(乙女心の方が適切かな?)が判るもんだ。
だから、モテたんだなぁ。
どこにでも居るような、一人の女子高生の朝から晩までの様子を描いている。
多分、女の子がこれを読んだら、共感するんだろうなぁ。男で共感する奴は、ある意味ちょっと危ないかもしれん。。。
でも、一箇所だけ、凄い気になった下りがある。
------引用-------
肉体が、自分の気持と関係なく、ひとりでに成長して行くのが、たまらなく、困惑する。めきめきと、おとなになってしまう自分を、どうすることもできなく、悲しい。なりゆきにまかせて、じっとして、自分の大人になって行くのを見ているより仕方がないのだろうか。いつまでも、お人形みたいなからだでいたい。
------引用-------
これは、女の子の苦悩であり、太宰自身の苦悩でもあり、そして僕ら全ての人が感じる苦悩ではないだろうか。。。

■駆け込み訴え
これが一番面白かったかな。
「キリストを裏切ったユダ」の話。である。ただし、キリスト側から書かれた本では無く、ユダの側(正確にはユダの心)から書かれた本である。
なんせ、この一言を吐かせるのだから、、、
「申し上げます。旦那さま。あの人は、酷い。酷い。…」
ユダが、どれだけキリストを愛しており、そして愛ゆえに嫉妬し、憎み、尊敬し、激怒し、、、つまり、ユダがどれだけ人として「普通」であったのか?が書かれているわけだ。
これは、一読の価値があると思う。
・・・あ、キリストとかユダとかは一切書かれてないから!書いてあったらマズイわな。

■走れメロス
さて、真打ち登場!今回、この本を読む切っ掛けになった作品だ。
粗筋は今更だが・・・、
暴虐の限りを尽くすシラクサの王様に、メロスは一言物申そう!と行動した事で、当たり前だが王様からは死を賜る。その際、殺されるのは構わないが、たった一人の妹に「結婚式」を挙げさせてやりたいから3日の猶予を!と願い、人質に友人・セリヌンティウスを差し出す。結婚式を挙げさせ、シラクサへ戻るのだが、大雨・洪水・山賊・疲労、、と様々な難敵が襲い掛かってくる。幾度も挫けそうになり、時に、友を売ろうとするが、最後の最後で踏みとどまり、刻限ギリギリで処刑場に駆けつける。
メロスは友に対し、「遅れを詫びると共に、裏切りを考えた事も詫びる」。
友はメロスに対し、「瞬時、メロスが来ないのではと疑った事を詫びる」。
2人を見た王様は、それまでの己を悔い、2人のような心を持った人間になる事を誓う。

う~ん。流石、小学校の道徳で習うだけはある。
寸分の狂いもない「人とはこうあるべきだ」という小説に見えるが、、、

この小説が書かれた切っ掛けは、太宰が熱海に逗留してた頃、尋ねてきた友人と飲み明かし、金が足りなくなったため、宿には友人を残し、自分は金を井伏に借りに言ったが、なかなか言い出せずに時間が経つうちに、友人が痺れを切らしてやってくる。。。
だ、そうだ、、、
友情も道徳もねえなぁ。

■東京八景(S16・1)
心中未遂と恋人の浮気と薬物中毒、友情と言う名の過剰な奉仕と己自身の放蕩三昧の果てに辿り付いた究極の貧困。死ぬ事がかなわなった彼は、イチ文士として生きていく事を決意する。そして小説の最後で、義妹の旦那の出征の時に、旦那の親戚などに向かってつぶやく一言「人間のプライドの窮極の立脚点は、あれにも、これにも死ぬほど苦しんだことがあります、と言い切れる自覚ではないか」という心境に辿り付く。

面白いような、ちょっと胸が痛くなるような、アラフォーを前にした私にはそんな読後感でした。

■帰去来
------最初の引用------
人の世話にばかりなって来ました。これからもおそらくは、そんな事だろう。みんなに大事にされて、そうして、のほほん顔で、生きて来ました。これからも、やっぱり、のほほん顔で生きて行くのかも知れない。そうして、そのかずかずの大恩に報いる事は、おそらく死ぬまで、出来ないのではあるまいか、と思えば流石に少し、つらいのである。
----という大層な書き出しから始まり、、、
太宰が世話になりっ放しであった、北さんと中畑さんの事を、故郷の母の見舞いに10年振りにかれの帰郷を訪れた時の顛末を描いた小説、、、
------最後の引用------
北さんは淋しそうに微笑(ほほえ)んだ。私は、たまらない気持だった。みんな私のせいなんだ。私の悪徳が、北さんの寿命をたしかに十年ちぢめたのである。そうして私ひとりは、相も変らず、のほほん顔。
----と締められる。

最初はやけに大袈裟な件だとおもったが・・・、まあ、寿命を十年も縮めたのでは、謝っても謝りきれないよなぁ。
思うに、太宰がこれだけの「物」を残せたのは、この小説に書かれている二人以外に、井伏や壇、その他、無名の市井の人々によってだと思う
好意というか、こわいもの見たさの興味というか・・・。

■故郷
10年振りの故郷(その時のことは「帰去来」にまとめてある)は、余りに気忙しくゆっくりと滞在も出来ず、故郷の風景も見れなかったが、近いうちにもう一度故郷を訪れる事は明白であった。母を看取る旅で。。。殆ど見て回る事は出来なかった。
その時は、思いの他はやく訪れる。北さん中畑さんの差配の下、妻子を連れて、再び故郷へ向かう。上野からの夜行列車、奥羽本線で五所川原へ、一面の林檎畑。津軽平野と岩木山。そして、太宰家長(兄)の葛藤と包容力に溢れる姉の存在、太宰治という小説家では無く、津島修治という一人の男の故郷と家族を描いた小説である。

(まとめ)
私が思うに、この短編集を編纂した人が凄いと思う。
正直、最後の「帰去来」と「故郷」がなかったら、「なるほど、太宰作品ってこんなもんか。ま、イメージ通りかも」で思っていたかも知れない。でも、最後に思いを変えてくれた。
正直に申して、僕は小学校で読んだ「走れメロス」以来、一度も太宰作品は読んだ事は無い。読みたいとも思わなかったし、太宰が好きな人に進められても腰を上げる気にはならなかった。だって、底知れぬ暗さと倦怠感が付き纏っており、私にはそれに一度でも触れてしまったら、自分も底なしの沼に嵌りそうな気がしていたからだ。
今、40まで数年。初めて読んで、良かったと思う。
素直に、読めた。
太宰小説とは、繊細で感情家の太宰が書いた小説であるが、実際にはその他大勢の同じ様な感情に陥った人々(その人達は一時しか陥らないが)が書かせた小説であると言える。でも、だからこそ、「人間」が抱える愛憎がモロに描かれていて、鼻に付くのかもしれない。
・・・くらいには、なんとなく理解できる年になったようです。
人によって、違うかもしれんが。。。

それにしても、最後の「故郷」での風景の描写は秀逸だ。
数年前に訪れた
津軽の風景が、目に浮んだ。

本のリンクは貼りません。
後で知ったのだが、青空文庫なるHPで「タダで読めるらしい。。。

 

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