lands_end’s blog

未破裂脳動脈瘤との闘いをコーギーに癒され暮らしています。鹿島アントラーズの応援と読書に人生の全てを掛けている40代の徒然日記です。

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『海嘯』を読んだ!



海嘯(著:田中芳樹/中公文庫)を読んだ!

今秋に中国へ仕事で行くときに、最初は気楽に機内でサラッと読む!を合言葉にして江國香織の本を手にしたんだけど、これから中国に行くんだからと思い直して、この本を持っていった。これで3回目?かな。。。

(粗筋)

南宋が滅びゆく様を、文天祥達の忠臣的行動で描いた本です。

(モンゴル)の攻撃を受け、次々と長江北岸の都市が陥落する中、国を纏めねばならぬ右大臣や左大臣が左遷されたり、失踪したり、敵に投降したり・・・と散々な状況の中にあって、それまでは殆ど国の中枢には呼ばれる事がなかったり、縁のなかった士大夫達が立ち上がる。文天祥、張世傑陸秀夫といった忠臣達は、怒涛の如く押し寄せる元軍と、同胞である漢民族の裏切り者たちに翻弄される中で、どのように立ち回り、、、そして、どう滅んでいくのか?

(歴史背景)

長引いた戦乱の時代を統一し、黄河南岸の開封に都をすえて久々に中国全土を支配した960-1279)は、科挙制度を確立するなどして経済・文化の面で繁栄を極めていた。その反面、軍事的には歴代の王朝の中では著しく劣っており、それが、後々の災禍へと繋がっていく。

11世紀初頭になると、北方騎馬民族のや西方(今の甘粛省や寧夏自治区)の西夏の進入を防ぎきれず、屈辱的な条約を結んで和議(澶淵の盟など)に持ち込むのが精一杯であった。
12世紀になってからは、遼の更に北方で力を蓄えた勃興したと謀り、遼を滅ぼし、西夏を撃退する事に成功するのだが、欲をかいて金を騙そうとした結果、逆に1127年には都まで攻め込まれ、時の皇帝が北方へ連れ去られ、宋は滅亡する。

(※ちなみに水滸伝はこの北宋が滅びんとする最中に起きた反乱の物語である。)

その後、生き残りの皇族たちによって建てられた国が、南宋である。都を臨安(今の杭州)に定め、攻め寄せる金と戦う。この時の武将の中に、岳飛韓世忠などがおり、いわゆる「抗金の名将」として今も漢民族には英雄として敬われている。

ちなみに田中芳樹もこの時代を描いています。小説「紅塵」で韓世忠の息子・子温を主人公にして描いている。さらに、「岳飛伝」の翻訳も併せて読むと、様々な角度からこの時代を味わう事ができる。

金の南下を食い止めて、暫しの繁栄に沸く南宋であったが、それは、新たな大波の前の静けさでしかなかった。

1206年、モンゴル高原に勃興した騎馬民族国家は、瞬く間にその周辺に版図を広げていく。いわゆるモンゴル帝国の出現である。既に帝国の成立前から西夏へ進入を繰り返していたモンゴルは、1227年に完全に西夏を滅ぼすまた、宋を滅ぼして華北を支配していた金も、文化経済面だけでなく軍事面でも漢化が進んだため弱体化しており、モンゴルの波を支えきれずにその版図を狭めていく。そして1234年、南宋と手を結んだモンゴル軍が開封を攻め落とし金は滅亡する

華北を支配下におさめていたフビライは、分裂しかかっているモンゴル帝国全土を手中に収めるためにも、経済的に発展した江南の土地と人は、喉から手が出るほど欲しかったのである。

1268年、当時は南宋の領土であり、長江北岸の中でも主要都市であった襄陽包囲を開始した。モンゴルの南進戦略と南宋滅亡への始まりであった。

(感想)

あ~疲れた。

誰が読むんだろう?こんな拙い歴史背景を。。。ま、自分自身の整理の為だと思っておこう。

読んで、、、クレームつける人もいないだろうけど、、、あの、変なところがあったら教えて下さい。

さて、、、感想、、、。

南宋は、確かに元によって滅ぼされるわけであるが、歴史上、これほどの大国が外的要因だけであっけなく滅びるのは、殆ど例がないといって良いのではないだろうか?
まさか南宋のお偉いさん方は、遼は金に滅ぼされ、金はモンゴル(元)に滅ぼされように、モンゴル(元)も誰かが滅ぼしてくれて、自分たちはいつまでも安泰だー!
などと思っていた訳ではないだろうが、あまりにも無為無策、、、。歴史の本で読めば読むほど、知れば知るほど、「そりゃ滅びるわ。」とも思うし、「なんでこれほどの人材と文化・経済があって滅びるの」という二つの感情が湧いてくる。関が原の後の豊臣家も無為無策に近い状態で滅びるべくして滅びているけど、ありゃ、力関係から見ても妥当でしょ。
しかし、、、南宋よ・・・なぜ、自ら滅びるのだ???

唯一の弱点としては、皇帝が年少であったため、一丸となって事に当たれなかったことかもしれないが、それでも十分にモンゴルの南進を支えられたと思うのだけどなぁ。

今回、中国に仕事で行ったときに、この本を使って色々話す事が出来たことは面白かった。
文天祥は殆どの人が知っていたけど、張さんは半分くらい、陸さんにいたっては
10人に1人くらいの知名度だった。

それでも、漢民族の彼らは「抗金の名将」と共に「南宋に殉じた士大夫」を愛しているようだ。彼らにとっての英雄は、異民族に対して命を掛けて戦った人物だそうです。だから、三国志の登場人物も愛されてはいるが、英雄崇拝の度合いでは足元にも及ばないらしい。

その感情って、最近の日中関係にも影響しているんだろうなぁ。。。と思ったけど、やぶへびになると嫌だったので、突っ込みませんでした。私、チキンですからね!

なんだか、取り留めの無い文章になってしまった。やっぱり、思い入れのある事(本)を、上手に書き残す事は難しい。だから、私は作家を尊敬します。

最後に「正気の歌(せいきのうた。しょうきではなき!)」を載せておきます。中国研修中に、ちっちゃなレストランで知り合ったおっさんに中国語で詠んで貰った。その韻を踏んだ流麗な流れと響きを聞いていたら(意味はわからんが)、なぜか涙した。おっちゃんは、死ぬほど酒を奢ってくれた。

正気歌 文天祥

天地有正氣 雜然賦流形

下則爲河嶽 上則爲日星

於人曰浩然 沛乎塞蒼冥

皇路當淸夷 含和吐明庭

時窮節乃見 一一垂丹靑

在齋太史簡 在晉董狐筆

在秦張良椎 在漢蘇武節

爲嚴將軍頭 爲嵆侍中血

爲張睢陽齒 爲顏常山舌

或爲遼東帽 淸操厲冰雪

或爲出師表 鬼神泣壯烈

或爲渡江楫 慷慨呑胡羯

或爲撃賊笏 逆豎頭破裂

是氣所旁簿 凛列萬古存

當其貫日月 生死安足論

地維頼以立 天柱頼以尊

三綱實係命 道義爲之根

嗟予遘陽九 隷也實不力

楚囚纓其冠 傳車送窮北

鼎鑊甘如飴 求之不可得

陰房闃鬼火 春院閟天黑

牛驥同一皂 鷄棲鳳凰食

一朝蒙霧露 分作溝中瘠

如此再寒暑 百沴自辟易

嗟哉沮洳場 爲我安樂國

豈有他繆巧 陰陽不能賊

顧此耿耿在 仰視浮雲白

悠悠我心悲 蒼天曷有極

哲人日已遠 典刑在夙昔

風簷展書讀 古道照顏色

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